月を見上げて



 昔々の事でした。そう、あれはまだ私達が貧しくつましい暮らしを送っていた頃。
 ある日、いつもの様に竹を狩りに行った旦那様は ―― その頃はまだ、単に『お爺さん』と呼んでいたものですが ―― まだ幼い、赤ん坊と言っても良い年齢の女の子を連れ帰って来ました。何でも根元が山吹色に輝く竹を見付け、珍しいからと刈り取ってみたら、節の中にちんまり納まっていたとか。
 玉の様に可愛らしかったその子を、私達は『かぐや』と名付けました。如何に望んでも子供に恵まれなかった私達は、彼女を『天からの授かり物』と思い、大切に育てる事にしたのです。

 あの娘を引き取ってからというもの、旦那様が竹を狩りに行く度に、根元が山吹色に輝く竹が見付かる様になりました。その節の中には必ず、同じ山吹色に輝く黄金が詰まっていて、私達は見る間に裕福になりました。そして今の様に、山村には不似合いな程の瀟洒な御殿を構える事が出来たのです。全ては『かぐや』のお陰。
 彼女は年を経る毎に美しくなっていきました。そして娘盛りの頃には『雛には稀な美女』として、都にまでその噂が届く程になっていたのです。巷では『なよ竹のかぐや姫』とも呼ばれていた様ですが。私達は相変わらず、単に『かぐや』と呼んでおりました。
 老人二人が暮らすには有り余る黄金を、私達は『かぐや』の為に惜しみなく遣いました。美しい着物を着せ、山海の珍味を取り寄せ、諸処の学問を修めさせて。田舎育ちと蔑まれぬ様、宮中へ上がっても恥ずかしくない様に。それこそ姫君とも持て囃される程に。全てはあの娘の為に。私達がそのお零れに預からなかったという訳では、勿論ございませんけれど。
 そんな娘を、耳聡い貴人達が見過ごす筈もございません。何れ劣らぬ殿方が、是非にと請うて止みませんでした。けれど彼女自身が然程乗り気ではなく、私達も愛しい一人娘をそう易々と手放す気にはなれず。何時までもこうして親子三人で仲良く暮らしたいものと思っていたのです。
 どうしても無碍に断れぬ御方からも求愛されてさえ、家柄も御人柄も文句の付け様の無い方達に、娘は思いも寄らぬ難問を出しました。在るや否や、それすらも定かで無い様な、そんな宝物を手に入れられた方に嫁ぐと、そう申したのでした。何れの殿方も苦渋に満ちたお顔で、当家を辞しました。そして或る方は失敗して、二度と当家へ訪れる事もなく。或る方は腕利きの職人に命じた造り物を差し出し、あの娘に退けられて。結局は誰方も『かぐや』を手に入れる事は出来なかったのです。

 そんなに嫁ぐのが嫌ならば、ずっと私達と共に暮らせば良い。そう思ったのも束の間の事。あの娘はやがて、夜毎空を見上げては、溜息を吐く様になりました。問い詰めてようよう、いずれ自分は月へ帰らねばならぬと、そう涙ながらに申したものです。私達は驚き惑い、屈強の男達を集めて屋敷の警護を固めました。愛しい娘を守る為、私達の傍に留める為に、何でもする積りでございました。
 けれど結局、何程の事も出来はしませんでした。月の人々は行列を為し、あの娘を迎えに来られました。数多の護衛達は何故か、全員が眠り込んでしまいました。あれ程に頼りにしておりましたのに。何の抵抗も無く、天上よりの使者は邸内に舞い降りたのでございます。例え錦を纏っていようと、所詮は下賎の身の哀しさ。私達は為す術も無く、ただ成り行きを見守る事しか出来ませんでした。掌中の玉と慈しんだあの娘の旅立ちを、黙って見送っておりました。

 あれから幾歳月が流れたでしょうか。今でも夜空を見上げると、月の光の中に、『かぐや』の面差しが浮かんで参ります。優しく穏やかな微笑は、あの娘を一際美しく見せたものでございました。今は何をしている事か。天上で今も、笑っているだろうか。幸せに暮らしているだろうか。
 例えどんなに離れていても、愛しい娘が笑顔で居るならば、それで充分。親莫迦の戯言と、笑ってやって下さいまし。それでも『かぐや』が幸せならば、私達も幸せなのでございます。

 

―― Das Ende. ――



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