あの時、妹は確かに微笑んでいた。想い人に振り向いて貰えず。あまつさえ彼が他の女性に心を寄せている様を目の当たりにして。それでも尚、出会えて良かったと。ほんの一時でも、彼と共に過ごす事が出来て嬉しいと。そう言って、妹は微笑っていた。その笑顔は何処までも穏やかで、私たちは何も言い返せなかった。
だから、魔女に貰い受けた短刀を手渡した時も、私達には分かっていたのだ。彼女がソレを使う事は無いだろうと。己が生命を繋ぐ為に大切な方を殺めるよりは、むしろ死を甘受する。彼女はそんな娘だった。
そしてその危惧は、現実のものとなった。妹は彼の命と引き換えに生きる事など出来なかったのだ。あの運命の朝、海に身を投げた彼女。彼女は一体、何処へ行ったのだろう?
その儘、泡となって消え失せたとか。神の思し召しで、永遠の魂を得る機会を与えられたとか。様々な噂が囁かれた。けれど真相は闇の彼方。誰も知る者は無い。
残された私達は、祈る事しか出来ない。妹は永遠の魂を許されたのだと。次に生まれ変わる時は、恋しい方と同じ世界に生きられるのだと。
例え二度と会えなくても。彼女が幸せならば、それで良い。それが私達全員の願い。父王と沢山の姉妹達は、今も妹の事を想っている。例え今は住む世界が違ったとしても。私達はずっと変わらず、家族なのだから。
昏い海の底で、今も語り継がれている。かつて愛に生きた乙女が居たと。終に想いは叶わなくとも、彼女は確かに幸せだったのだと。
どうかそれが真実でありますように。今、この瞬間、妹が幸せでありますように。
ただそれだけが、私達全員の願い…。