Intolerant



 世界は矛盾に満ちている。街は悪意に溢れている。人々は不安に溺れている。
 今、大いなる裁きが近付いているのだ。太古の始まりの時から定められていた、全ての事象の終末の時が。あらゆる種族のあらゆる行いは、今こそ、その清算を求められる。逃れる術は無い。
 だからこそ、備えを怠ってはいけない。かつて数千年の昔、偉大なる神の子が説いていた様に。常に目を見開いて、灯りを用意して。『その時』を見過ごさぬ様にしていなさい。
 全神経を研ぎ澄まし、平穏な心を保ち、周囲に目を配りなさい。貴方の最も大切なものは何なのか?よく考えて、それに相応しい振る舞いをしなさい。

 似非伝道師の尊大な台詞。声高に説くその口調が、自分だけは例外だと、選ばれた特別な存在だと、言外に語っている。そう思える、その事自体が自分自身の説を信じてはいないと暴き出す。
 己が欺瞞も気付かずに道を説く浅ましさ。その虚言をすら見抜けずに狼狽える愚か者がいると、本当に思っているのか?
 祈りを込めた唄さえ単なる騒音に変えて。聖なる日はその本来の意味を剥奪され、馬鹿騒ぎの言い訳となり果てる。
 そうだ、街は悪意に溢れている。空転する言葉の渦の中で、唯一それだけは真実なのかも知れない。
 それを嗤う僕自身にしたところで、他人にどうこう意見する資格はないのだが。

 折しも時は聖誕祭。救世主と崇められる一人の男が生まれたとされる日だ。だが、それだって、実は間違っていたと証明されたのではなかったか?
 結局、彼が本当は何日に生まれたのかなんて、大した意味はないのだろう。仮初の祭と定められた日に向けて、街の至る所に空疎な祝辞が氾濫する。人々は形骸化した聖性など疾うに捨て去り、欲望の赴く儘に振る舞う為の準備に勤しむ。だが、それをこそ、かのナザレ人は戒めたのではなかったか?

 でもそれは、もしかしたら必要な儀式なのかも知れないけれど。拠所を失った架空の歓喜に彩られた街で、人々は束の間の愛に酔うフリをする。全てを忘れて幸福な幻想に溺れられる、本当に貴重な一時だから。
 例え救世主とやらが何と嘆こうと。その威を借りる狐が何と脅そうと。最早、誰も耳を傾ける者はない。

 僕は何とはなしに溜息を吐いた。帰ろう、家へ。例え待つ人は居なくても、此処に居るよりマシだろう。冷たい空気が僅かに白く染まり、北風に攫われて消えた。

 

―― Das Ende. ――



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