たましいがどこにあるのか、ぼくはしりたい。
ママにきいたら、「ココらへんよ。」って、むねのあたりをさした。「だから、かなしいことがあると、むねがいたくなるのよ。」っていった。
パパにきいたら、「ココだよ。」って、やっぱりむねのあたりをさした。「だから、つらいことがあると、むねがくるしくなるんだよ。」っていった。
ほんとうにソコにあるのかな?
ぼくには、よくわからない。だいすきなジョンがしんだとき、とってもかなしくて、とってもつらくて。でもそのときに、むねがどうだったかなんてこと、おぼえてないんだもん。
あ、ジョンっていうのは、ぼくがかってたいぬなんだ。すっごくかわいかったんだから。それにとってもかしこくて、ぼくのいうことはちゃんとわかってた。ぼくたち、とってもなかよしだったんだよ。
だけど、ジョンはもういない。しんじゃったんだ。びょうきになって、すごくつらそうで、みてるぼくもつらかった。なんどもおいしゃさんにみてもらったけど、なおらなかった。ジョンはもう、しんじゃったんだ。
ぼくがないてたら、パパがこういった。「ジョンはてんごくにいったんだよ。」って。もうあえないけど、ちゃんとたましいはてんごくにいて、だからずっと、ぼくをみまもってくれてるんだって。
ソレってほんとうかな?
ほんとうだったらいいなぁっておもう。そうしたら、ぼくがしんだときに、てんごくでジョンにまたあえるから。たましいになってもきっと、ジョンはぼくをまっててくれてるはずだから。ぼくらはずっとなかよしだから。
だから、たましいって、ほんとうにあるといいなぁっておもう。パパとママがいったように、むねのあたりでなくても、べつにどこでもいいんだ。ちゃんとたましいがあって、ほんとうにジョンがてんごくにいて、いまもぼくをまっててくれるなら。
だけど…ほんとうにあるのかな、たましいって?
ぼくはソレがしりたいんだ。