カラバ公爵妃の疑問



 あれ程お幸せそうな奥方様にも、悩みはおありになるのです。普段は何気ない素振りで隠しておいでになりますが。でも、ご幼少の砌よりずっとお傍にお仕えしている私には、ちゃんと分かります。
 悩みというのは、実は、旦那様の事なのです。そもそもカラバ公爵様とは、一体、何者なのか?これ程に広大なご領地を治めておられる公爵家が、何故今まで沈黙を守って来られたのか?
 奥方様のご実家とて、それは高貴なお家柄です。これ程に近接した地に、これ程のご家門を構えておいでならば、両家がお近付きにならぬ筈はございません。けれど奥方様は勿論、ご実家の殿様でさえ、公爵様に実際にお会いするまで、噂ですらついぞ耳にされた事は無かったのです。これでは疑問を抱くなという方が無理な話。
 あなた様も不思議に思われるでしょう?

 奥方様は別に、旦那様に不満がある訳ではございません。公爵様は見目麗しく、それにとてもお優しい方で。これ程に広大な領地と有り余る財宝をお持ちなのに、普段の生活はとても質素で。権力に驕り高ぶる事なく、いつも謙虚で。初対面の殿様に受けた小さな親切を忘れずに、何倍もの返礼をされる様な気前の良い方で。領民からも敬慕されているご様子。こんな素晴らしい方に嫁ぐ事が出来たと、奥方様は感謝の念を抱いておいでなのですから。
 けれど…やはり不安は拭い切れないのです。私ですら、何やら違和感を感じる事があって。何処がどうとは申し上げかねるのですが、公爵様には、今の状況が生得の権利ではない様な。まるで借り物のお仕着せを、無理矢理に纏わされている様な。そんな印象を受けるのです。
 それは多分、公爵様がそれ程に謙虚なお方だという事なのでしょうけれど。私の見る限り、公爵様ご自身よりも寧ろ、その飼い猫の方が、余程ご領主様然とした態度に映るのです。
 そうそう、あの猫も、不思議といえば不思議な存在です。人間の言葉を解し、長靴を履いて、まるで人間様の如く二本足で歩いて。奥方様に初めてお目に掛かった折は、優雅なお辞儀までしてみせたそうです。そして殿様に主人の苦境を訴え、後には公爵様からの返礼を届けたという、あの猫です。
 当時の執事然とした振る舞いは、今は陰を潜めておりますが。それでも時折、旦那様に何かとご意見を申し上げている様です。そして旦那様も、何かといえばあの猫の顔色を窺っておられる様な…。
 でもそれは多分、私の思い過ごしなのでしょう。仮にも公爵様ともあろうお方が、飼い猫風情に指示を仰ぐだなんて。そんな事がある筈はございませんものね。
 あなた様もそうお思いになりませんか?

 そう言えば、公爵様には二人のお兄様がおられるとか。お二人は今、どうなさっておいでなのでしょう?奥方様が嫁いで来られてこの方、まだ一度もお見えになった事がございません。お二人の結婚式にすら、お出でにはなりませんでした。
 余程お忙しいのでしょうか?
 末子の旦那様がこれ程の領地を継いでおられるのですから、きっとお兄様方は、更に広大な土地を治めておられるのでしょう。旦那様以上にご多忙であろう事は、想像に難くございませんけれど。
 それでも、一度も便りすらお寄越しにならないとは、一体どういう事なのでしょう?余程に仲がお悪いのか、それとも他に何か、もっと別の理由が…?
 いえ、たかが乳母風情がとやかく申す事ではないと、それは百も承知でございます。私は飽くまで、奥方様のお気持ちを代弁しているに過ぎません。旦那様が奥方様を大切にして下さる限り、私には何の不満もあろう筈はございませんもの。

 童話の締め括りに必ず添えられる一文、『そして二人は末永く幸せに暮らしました』。その言葉を揺るがさぬ為に、小さな事に目を瞑って言及せぬ事も、時には必要でございます。ですから私も奥方様も、この件を口にした事は、一度もございません。他の方々には勿論、私達二人の間ですら。
 けれど…本当に、カラバ公爵様とは一体、何者なのでしょう?
 あなた様は何かご存知ではございませんか?

 

―― Das Ende. ――



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